盗撮事件の被疑者には、「真面目で社会生活も問題なく送っていた人物」が少なくありません。教員グループによる女児の盗撮画像共有事件をはじめ、社会的地位がありながらも盗撮を止められないケースも多く、今注目が集まっています。
【写真】京都大学・先端科学研究棟 なぜ彼らは逮捕という重大なリスクを前にしても行為を止められないのか――。そこには単なる「性欲」や「倫理観の欠如」では説明できない、脳の報酬系や条件付け学習による“依存”のメカニズムが潜んでいる可能性もあります。
そこで、行動依存症について研究を進める京都大学大学院情報学研究科の後藤幸織(ゆきおり)准教授と、元検事で現在は刑事弁護を専門とし、多くの盗撮事件を担当する中村元起(はるき)弁護士という2人の専門家をお迎えし、「盗撮と行動依存症」の対談を実現しました。
(聞き手:岩田いく実、本文中の※はいずれも編集部注)
中村弁護士:私は検事時代から、弁護士の現在に至るまで、多くの盗撮事件に接してきましたが、盗撮を繰り返す方には共通のプロセスがあると感じています。最初は性的な好奇心や性欲から始まり、盗撮を実行して、スリルや達成感を得る。
そこから次第に目的が変質していき、「性欲」よりも「スリルやストレス解消」を求めるようになり、最後には固着して止められなくなる。これは後藤先生が研究している「行動依存症」と一致するように思います。
後藤准教授:はい、一致しています。行動依存症とは、最初は「行為によって得られる報酬」が重要です。そして、報酬を得るために同じ行動を繰り返すうちに耐性が形成されて、報酬の価値は弱くなっていきます。
そして次第に「行為そのもの」が目的化していきます。私たちの研究では窃盗症(※)を中心にした研究を行っていますが、このような「行為の目的化」は窃盗症の特徴とも非常に一致しています。
※「クレプトマニア」とも呼ばれ、必要性や金銭的利益とは無関係に盗みの衝動を繰り返してしまう精神疾患を指す 実際、窃盗症の診断基準の一つには「盗んだ物が本人にとって必要のない物である」という点が含まれています。つまり、物を得ることが目的ではなく、「盗む」という行為そのものが目的になっているわけです。
盗んだ物を部屋にため込んだり、捨てたり、場合によっては店に返したりすることさえあります。このような現象は、報酬系(※)による条件付け学習の枠組みで説明できます。
※快感や達成感などの「報酬」を感じるときに働く脳内ネットワークで、ドーパミンなどの神経伝達物質が関わるとされる 最初は「盗むことによって得られる結果」が報酬として働いていたとしても、繰り返すうちに、盗むという行為をした状況や環境が脳内に学習され、手がかり刺激として作用するようになります。
手がかり刺激とは、わかりやすく言うと特定の店に入った瞬間や特定の場所に立った瞬間に、「やらなければならない」という強い渇望が生じるようなイメージです。
これは「パブロフの条件付け」と同じです。もともと意味を持たなかった刺激、例えばベルの音がイヌのエサ(報酬)と結びつくことで、イヌの意識とは無関係に唾液が出る反応を引き起こすようになります。それと同様に、依存症では、ある環境や状況が刺激となり、本人の意思とは関係なく衝動や渇望が誘発されてしまうことが起こります。
したがって、最初は性的な要素が動機の中心にあったとしても、盗撮を繰り返すうちに行為そのものに高揚感や達成感を得るようになったり、「やらないと落ち着かない」という精神的な緊張の解消が主目的になっていったりすることは十分にあり得ます。
中村弁護士:盗撮で得た写真に、性的に興奮するとは限らないということでしょうか。
後藤准教授:当初の目的は「写真を見ることで性的興奮をする」であったとしても、次第に「盗撮を実行すること自体」が報酬化するという変化が起きる可能性は十分に考えられます。さらに、盗撮の欲求を抑えようとした際に、イライラやストレス、不安が強まるといった精神的な離脱症状が出ることもあります。
結果として、本人が「盗撮なんて危険だ、逮捕されるかもしれないしやめたい」と思っていても、精神的な不快感を回避するために再び行為に向かってしまうという悪循環に陥ることもあるでしょう。
弁護士JPニュース – 2026/03/07 10:20