まさにブラック企業の自爆営業
盗撮や性犯罪などとはあまり関係ないのですが、毎日新聞が今日掲載した記事が気になったので筆者が服役していたときに見聞きした情報を踏まえて見てまいりたいと思います。
毎日新聞の記事では以下のように掲載されています。
長崎刑務所(長崎県諫早市)で墓石製作の刑務作業を指導していた元職員が在職中の2011年、「墓石の修理代など700万円以上を自己負担している」とする報告書を作成し、上司に提出していたことが、毎日新聞の入手した内部文書で分かった。民間業者に負けないよう手厚く対応して注文量を維持することで受刑者の作業量を確保するためで、刑務所側は翌年以降も同じ業務を担当させ続けた。ブラック企業の自爆営業と重なる構図で、識者は「他の刑務所も含めて調査が必要だ」と批判する。
元職員は、同刑務所で受刑者に墓石作業をさせる「作業専門官」だった男性(56)。1993年から受刑者に対する墓石製作指導や営業を1人で担当していた。
毎日新聞が入手した当時の上司が作成した文書によると、男性は、内部で「墓石の契約を取るために何の努力もしていない」と叱られたため、11年11月16日付で、「石塔製作の作業量確保のために、対応してきたことについて」と題した文書を作成した。
引用元 : 毎日新聞 2016年11月28日 9時56分配信
※元職員の氏名部分を修正しております。
こちらの記事で筆者が府中刑務所に服役していたときのことについて少し触れていますが、別の施設では統計工場というところで作業をしていました。そこでは施設内の受刑者の作業時間や作業報奨金などを計算する仕事が行われており、そういった仕事の一環でその刑務所に作業を発注していた民間業者との取引額や作業内容などもある程度把握していました。
そのため、刑務作業に関しては(マクロな意味で、職員ほどではないにしろ)多少知っているのですが、見聞きした情報を踏まえるとこれだけハデな自爆営業までに至らずとも同種の事案は割とあるのではなかろうかと感じています。
刑務作業の受注まで
刑務作業は木工、金属、洋裁、革工、印刷、その他などといった形で業種が分けられています(その他は紙製品や食品の製造など)。また、それぞれについて製品全体の製造を受注するか一部の製造または加工を受注するかといった違いや、材料費や消耗品費を業者が負担するか国(刑務所)が負担するかといった違いで契約の種類が分かれています。
これらの中には取引先が民間業者ではないものも含まれており、そういったものの一部は矯正展で即売会が行われたり、他の官公庁に管理替えされるなど売り物ではないものもあります。しかし、刑務作業のほとんどを占めるのは民間業者からの受注であり、受注が減ってしまうと受刑者にさせる作業がなくなるということになってしまいます。
発注する側の民間業者は施設から近い中小企業ということが多く、昨今では人件費が安くて質が担保できる海外に発注したり、それ以前に業者が倒産してしまったりと刑務作業としての受注を増やすことについて厳しい状況になっています。
そのため刑務所側からも受注のために民間業者へ営業をかけるわけですが、現場の刑務官がその営業担当をしているというのが実情です。民間でバリバリの営業を経験してきた人が転職して担当するのであればまだいいですが、たまたまその部署に配属された一国家公務員が民間のビジネスの場に入って受注を勝ち取るというのは想像するだに困難であろうと思われます。
その上、上記の記事のように上席の職員からの圧力もありますので、担当の職員はかなり厳しい立場であっただろうと感じます。
実際に受注は減っているのか?
統計工場で作業をしていたときにたまに顔を出す担当官(工場担当ではない)に話を聞いたところ、ひと昔前は待っていても仕事が来る状態だったということですが、やはり今は非常に厳しい状況のようです。
例えば、施設の移送直後から各工場への配役が決まるまでの間は基本的に紙製品の製造など軽作業である場合が多くなっています。百貨店などで使用されたり季節ごとの催し物で使用されたりする紙袋を作る作業が中心で、こういった軽作業は特殊な技術も求められず、受注は割と安定している方だと思われていました。
しかしながらこういった軽作業でさえ受注がおぼつかない施設もあり、受刑者にさせる作業がなくなるというケースも出てきています。それでも懲役という刑罰として何かしら作業はさせなければならないので、事務処理で出てきて廃棄する書類をシュレッダーにかけず、受刑者に千切らせることを作業として与えていたのも実際に目にしています。
また、近年の傾向として業種に関わらず、懲役の目的の1つである勤労意欲の向上と出所後に役立つ知識や技能の習得が図れる類のある意味で難しい作業の割合が減っており、その一方で誰でもできるような単純作業の割合が増えていたりしています。
何の役にも立たない単純作業が増えて出所後の就職に影響するという問題もありますが、その単純作業も将来的に機械によって自動化されてしまったら受注すらなくなるでしょう。府中刑務所で広く受注している、リサイクル布オムツを手で伸ばしてシワを取るだけの作業などは将来的な継続性に大きな懸念があると思っています。
自爆営業まであり得るのか?
そういった状況の中で自爆営業のようなことまであり得るのかというと、規模の違いはあれど他でもあり得る話ではなかろうかと感じています。例えば、今回の記事のように納品後にクレームが入るということはしばしばある話で、額によっては不良品の分を自腹で補填していたという話があってもおかしくはありません。
一方でそういった場合に担当職員だけの責任にするのは無理があるので領収書などをもらって決裁に上げたりしておくべきですが、その点でこの記事にある職員には落ち度があったと言わざるを得ません。ただ、それだけ責任感も上席の職員からの圧力も強かったのかもしれません。
文書は所長宛てで18年間にかかった経費を列挙。(1)墓の据え付け先などに出向くガソリン代や高速代など約104万円(2)民間業者ならサービスになる、墓につける水鉢や線香立てなど「墓装品」代に約260万円(3)「文字の彫りが浅い」「石塔に傷がある」など客のクレームに対応するため、民間業者に払った修理費約360万円--などが自己負担だったと記載。「(総額で)724万4000円となります」と訴えていた。
金額は18年間の受注件数から元職員が試算したもの。別の文書によると、上司はその後、元職員を呼び出し「領収書などの資料もなく、今となってはどうすることもできない」などと話した。同席した別の上司は、客からクレームがあった場合は、報告書を作成して上司の決裁を受けるなど適切に処理するよう記載した文書を手渡したものの、12年以降も同じ仕事に従事させ続けた。
元職員は取材に対し、「修理代などの予算がなくやむを得なく手出しした。その後も『受刑者の仕事を確保しなくてはいけない』『赤字を出してはいけない』と思って自己負担を続け、総額は約2000万円に膨らんだ」と主張する。
引用元 : 毎日新聞 2016年11月28日 9時56分配信
※元職員の氏名部分を修正しております。
まとめ
今回の事案は1人の元刑務所職員が自爆営業していたというだけの話ではないと思っています。昭和から時が止まったままのような旧態依然とした刑務所のやり方で民間業者から十分な受注を楽に勝ち取れる時代ではありません。
このまま続けていてもジリ貧ですし、担当する職員の消耗も増すばかりでしょう。刑務作業に関してはもっと時代のニーズに即した形に方向転換していかないといずれ破綻してしまうかもしれません。