盗撮における特殊な不起訴事例 その2
前回の記事に続き、複数の盗撮前科や服役経験があって通常は不起訴にならず公判請求や実刑判決が見込まれる場合でも不起訴になっているケースについて触れてまいります。
今回は黙秘に関するケースなので、被害届が出なかったという前回の事例と比べれば実践できる余地があるとも言えますが、筆者が詳しく聞いた事情としては極めて特殊というか限定された状況下だったと思えますので、黙秘について安易な考えは持たない方が良いでしょう。
被疑者が黙秘して不起訴
この事件の要点としては以下です。
この事件の要点
- 被疑者は盗撮の前科が複数あり、服役経験もある(前回とは別の人)。
- (事件A) 屋外でスカート内を盗撮していたところ、被害者本人に気づかれてその場から逃走。
- (事件B) 屋外でスカート内を盗撮していたところ、通行人に見つかってその場から逃走。通行人は一時的に見失ったものの、被疑者はその後も追ってきた通行人に再び見つかって取り押さえられ、警察署へ任意同行。
- 被害届が出ていた事件Aにより通常逮捕。
- いずれの事件のことも話さずに黙秘し、そのまま勾留期限を迎えて不起訴処分へ。
事件の概要
この事件の被疑者も過去に盗撮の前科があって服役経験もありますが、前回の記事とは別の人です。こちらの人は服役経験も(この事件の時点で)複数あるので客観的に見た犯罪傾向としてはより進んでいるということになります。
こちらでは関わってくる事件が2つあり、いずれも屋外でスカート内を盗撮していたという点は共通しています。
最初に起きた事件Aでは盗撮行為を被害者本人に気づかれており、気づかれてすぐにその場から逃げたとのことです。一応そこからは逃げ切れたようですが被害者が被害届を出していました。被害届が出たことについてはその時点ではわからないことでした。
その数週間後に起きた事件Bでは被害者は盗撮行為に気づかなかったものの、通行人に見つかったことでその場から逃走しました。いったんはその通行人を撒き、その時点でカメラのデータを消去、SDカードを破壊した上で捨てたとのことです。しかし、追ってきた通行人に再び見つかって取り押さえられ、その後110番通報を受けて駆け付けた警察官とともに警察署へ任意同行されました。
事件Bではその通行人が被疑者を追うことに集中していたためか被害者は何にも気づかないまま立ち去ってしまっており、屋外で防犯カメラの映像等もなかったと思われますのでどこの誰だかわからなかったようです。また、盗撮したデータも存在しない状況でした。
そのため、被害届が出ていて事件化している事件Aについて、被害者が申告していた犯人の風体と酷似しており、過去の盗撮の前科などからも事件Aの被疑者として逮捕状が発付されて通常逮捕されました。
2つの事件の事情が絡み合って黙秘する
ところが被疑者は、雑談など事件とは関係のない話を除いては基本的に話さずに黙秘したとのことでした。本人いわく、反権力的な意図などで黙秘したわけではなく、事件Bで一時的に通行人を撒いたときのことを突っ込まれて事態が悪化するのを避ける目的で、逮捕されて捜査対象となっている事件Aの捜査遅延を狙ったとのことです。
事態の悪化という点についてですが、事件Bで追ってきた通行人を撒く際に周辺の民家に立ち入るなどして一時姿を隠していたことで住居侵入に問われる恐れを懸念していたとのことです。確かに民家に立ち入った理由が正当なものではなく、罰則も盗撮による迷惑防止条例違反より重いので懸念する気持ちは理解できました。
刑法 第130条
しかし刑事や検察官からの取り調べは専ら事件Aについてのことになりますが、事件Aによる逮捕なのでこれは当然と言えます。「事件Aについては話すから事件Bは勘弁してくれ」という話をしようとも思ったそうですが、これを持ちかけてヤブヘビになる可能性もあったので結局黙秘することにしたようです。
証拠が少なすぎて不起訴処分へ
その後も事件Aについての取り調べが続きますが、結論を先に申し上げますとそのまま勾留期限を迎えていずれの事件も不起訴処分となり釈放されたとのことです。
まず先に事件Bについては、上述のように被害者が特定できず、SDカードを入れるのを忘れていたという噓の供述を信じたのかSDカードの捜索なども行われず、盗撮したデータが存在しない状況だった影響もあって最後まで捜査が行われなかったようです。「被害者が誰だかわからないし事件化していない」と刑事に言われたとのことです。
そして事件Aについてですが、こちらは起訴できるほどの証拠が揃わなかったと見られます。
事件Aによる逮捕後に自宅の家宅捜索があってPCやハードディスク等が押収されましたが、被害者に気づかれたことを考慮して事前にデータの削除や隠蔽を行っていたようで、家宅捜索では何の証拠も出てきませんでした。
また、取り調べの中で事件Aの目撃者や防犯カメラの存在なども示唆されたようでしたが、当時の状況を思い出す限りではすべてハッタリだと判断して黙秘を貫いたとのことです。さすがに刑事はハッタリだったとは言わなかったようでしたが、実際に不起訴になっていることを考えるとおそらくハッタリだったと思われます。
結局こうなると犯行を裏付ける証拠が被害者の供述以外に何もなかったことになります。
この事件の処分について
話を聞く限りでは確かに起訴できるほどの証拠がなかったのであろうと考えられます。ただ、これについてはたまたま目撃者がいなかった、たまたま防犯カメラがなかったといった事情があっただけで、どちらかでもあれば検察官は有罪認定を見込んで起訴していた可能性はあります。
また、事件Bにおいて犯行を目撃した通行人が、被害者に声をかけて待っていてもらうなどしていれば被害届が出てくるので事件Bでも逮捕し、起訴できていたかもしれません。正義感に駆られた結果として逃走する被疑者に集中してしまったのかもしれませんが、結局事件Bにおいても犯行を裏付ける証拠が通行人の供述しかない形になったので若干残念な行動です。
事前にデータを破棄できていたり、客観的な証拠となる防犯カメラの記録がなかったりなど特殊な事例なので黙秘すれば不起訴になるというわけではありませんが、被疑者が犯行を認めた上で供述したことから裏付けられる証拠というのは案外多いものです。
まとめ
今回は過去の盗撮で逮捕されたものの、被害者の供述以外の証拠がろくになかったことで不起訴処分になった事例です。人の記憶というものは曖昧なので、盗撮したデータや防犯カメラの記録などの動かぬ証拠が重要と言えます。
また、第三者が盗撮行為を目撃して取り押さえるケースにあっても、被害者が処罰を求めないという場合もありますが被害者が誰なのかわからないのではどうにもならない場合もあるので、被害者に声をかけておいたり周囲への協力を求めたりしておくことも必要と考えられます。
なお、この事件ではもともと証拠が不足していたところで黙秘した事例ですので、客観的な証拠が揃っているような事件では黙秘しても刑事や検察官の心証を悪化させるだけです。この点については注意が必要です。